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2017年12月11日

神谷(かみたに)村

今回は旧神谷村を取り上げ、寒水の語源を異なる面から探ってみる。地名の話は細心の注意と敬意を払う必要がある。ここでは『明宝寒水史』(和田清美氏著)の説を中心に据えたい。できるだけ旧説を集めて検討するのがフェアだと思われるからだ。
神谷村は明治八年(1875年)に大久須美村と合併して大谷村となり、同二十二年(1889年)に大谷村から分離して有穂村へ入った。
神谷の語源として、「烏帽子岳の方から流れてくる水を神の水と信じ、その水が流れる洞谷を神の谷と呼んでいたことから、この集落は神谷郷と称されるようになった」と記している。
「神谷郷」を「かみのたにのさと」と読み、「神の水」が流れてくる洞谷を「かみの水」または「かの水」と呼んだとする。「かの水」が流れる地をも「かの水」と呼んだとみて、これを語源とするのだろう。
「嘉ノ水」「鹿ノ水」「寒ノ水」などの表記が使われた後、明治の半ば辺りで「寒水(かのみず)」に定着してきたと説く。
従って「かみのみず」から「かのみず」になったと考えるわけだ。時代背景を記していないので、「神谷(かみのたに)」「神水(かみのみず)」から「かのみず」へ音変化させるのが主たる根拠と言ってよかろう。
神谷は寒水川が吉田川へ合流するところにあって地理上も関連するし、地元の人が説いているので尊重されるべきだろう。
「神」は「かみ」だが、古代へ遡ると乙類の「み」である。本居宣長は『古事記傳』巻一「假字の事」段で「ミには美微を普く用ひたる中に、神のミ、木草の實には、微をのみ書て、美を書ず」とするので、「み」に使い分けがあることに気づいていた。
ただ彼は、「神」の語源を「上」とする説からすると、一般に「み」に甲乙二類あることは知らなかったようだ。「神田(かんでん)」「神戸(かんど、かんべ)」などの例から、確かにこの「かみ」から連音で「かむ」へ、「かむ」から音便で「かん」へ変化することはある。ただ、次の点に不安が残る。
1 「神谷郷」を「かみのたにのさと」と読むのに抵抗感がある。「神谷」の「かみ」が変化したのに、間に挟んだ「の」が残って「かの水」の根拠になるだろうか。
2 大和の「神路(かんじ)」と比べてみると、「神」を「かん」と読むので関連地名のように見える。ただ、旧仮名遣いでは「かみち」ないし「かむち」になりそうだ。
これから「神の谷」「神の水」はそれぞれ「かむの谷」「かむの水」となって、更に原形へ遡れない「寒(かん)の谷」「寒(かん)の水」から「寒(か)の水」になるかなあ。
仮に音が変わってもとの意味が分からくなったとしても、「寒」という字をあてるだろうか。「神路」や「神田」「神戸」などの例でも「神」は変わっていない。
髭じいさん

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