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2018年12月03日

送り人

どんな題にしようか迷ったが、かつてこんな映画があった気がするので思い切ってこれに決めた。だが映画には関係がない。
昔々の青年時代、伯母が私に「お前は末っ子だから、一族の者を皆送るのだよ」と言っていたのを思い出す。伯母や叔父を含め、父母の世代を送ったときにしみじみ実感したものだ。ところが自分自身が老境に入ってくると、それだけではないことに気が付いた。私の世代は平均して兄弟が多い。私にも早く亡くなっていた長男を含め兄弟が四人、姉が一人の計五人いた。彼らのうち、もう三人はこの世にはいない。
こちらに引っ越してからも、碁で知り合った友人、知人がかなり亡くなっている。隣近所の顔見知りも櫛の欠けるように一人また一人と亡くなっていき、思い出せば少なくとも各家の一人は見送ってきた。
葬式ではかつて町内の各班が中心の役割を果たしていた。病気見舞い−通夜−葬式の終了まで、お勝手から帳場まで殆どすべてを取り仕切っていた。大事な人を亡くした家庭には、食事や金の心配をしないでもよいようにとの配慮があったと思う。これはこれで機能していたと言ってよかろう。
通夜や葬式には班内の腕自慢がつくる精進料理が振る舞われた。たくさん作るからか、味のよい料理が多かった。私の記憶では、葬式の終了後に喪主が手伝ってくれた近所の衆へ礼を述べて、ちょっとした食事を振る舞う「おったて」というしきたりがあった。けっこう酒が入ることもあり、何だか場違いな雰囲気になることもあった。が、これもまた残された家族を励ます意味合いがあり、以後の長い付き合いを約束するものなら、仄かな情が感じられた。
いつごろからか、喪主の友人たちが活躍するようになる。当初どんな仕事を任されていたのかは分からない。私が郡上に引っ越してきた辺りなら、彼らが知らせを配ったり、会計を任されるようになり、駐車係から交通整理まで担当することがあった。
今では葬式のやり方が随分変わった。サラリーマンでは、急に職場を休んで葬式を手伝うことが難しくなってきた。そこで専門業者に頼むようになっており、斎場で済ますので近所の手伝いが殆どいらなくなっている。しきたりを大事にする人なら、班の人に帳場を任すぐらいだろう。
今頃になって、さらに伯母の言葉がずしんと重みをましてきた。これまで生きてこれたのは僥倖の部類に入りそうだが、脳裏に残る人たちが沢山あの世へ旅立ってしまうわけだから、段々身が削られていくような気分になる。
年を取るというのは、周りの者達を沢山送る事と見つけたり。浦島太郎や八百比丘尼のことを思えば、ポツンと取り残されるのはかなわない。近ごろでは、いつお迎えがくるやら分からないと考えるのが救いになっている。
髭じいさん

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